2018年4月9日月曜日
るすばんねこ 38
先週末からふたたびるすばんねこです。7月半ば、京都で舞台公演する準備がはじまったうささん。3ヶ月間は、一ヶ月に一度帰宅する日を楽しみに、「頑張れニャ!」と見送ったニャアコちゃんでした。(写真の中で熱い視線で見送っているのは、野良猫君ですが。)
ニャアコちゃんの部屋前に咲くチューリップは、咲いたらすぐに春の嵐がやってきて、散ってしまいました。今年は、様々な春の花がにわかにやってきて、早足で去ってしまったように感じます。
コブシやレンギョウと桜が一緒に咲いているなんて、暖地ではあまりないはずでは?雪国の春に似ていました。
冬の寒さが厳しかったので、春の暖かさに目覚める花たちの勢いが、一斉になったという話を聞いて、なるほど!と思いました。寒い地方では、冬はいつも厳しいものだけど、暖かいこの土地でも今年の寒さはかなり厳しかったのだな…と納得。
ニャアコちゃんは、部屋の中から、移り変わる外の草花と訪れる鳥や虫を見て、例年との違いがわかるのでしょうか。わかってなさそうな顔ですが、ニャアコちゃんの毛は例年より早く、たくさん抜けています。いつもなら本格的にブラッシングが忙しいのは5月なのに!
ニャアコちゃんの体は、草花と同じように、春から初夏への移ろいを早めに準備しているようです。
2018年3月25日日曜日
災害で消えた小さな命展・・・37
命展4は今月13日に最後の展示を終え、絵になった動物たちは申し込まれた方たちのもとへそれぞれ帰って行きました。私の描いたバロンちゃんも、昨日、熊本市城南図書館で申し込まれた飼い主さんがお迎えにこられたと聞きました。嬉しそうにバロンちゃんを抱きしめられた写真を見て、ほっとしました。
熊本地震がおきてから、もうすぐ2年経とうとしています。
あの年の4月末。ボランティアで訪れた際、避難所を巡ったことを思い出します。動物連れで避難されている方に、必要な支援物資が何かを聞いて、余っている所から届けるお手伝いでした。でも実際、動物連れで避難所にいらっしゃる方がとても少ないのを知りました。壊れかけた自宅で動物たちと過ごしたり、避難所付近で車中泊される方が多くを占めていました。
「迷惑だろうから、避難所には連れて行けない。」が一番の理由。いくら環境省で『ペットも避難所へ同行してよい』という法律を定めても、やはり個々の意識には、動物なんか連れて行ったら当然迷惑!という感情が強く根付いています。長年そうして根付いたものは、なかなか消えません。それを消さないと、いいアイデアも浮かばないのです。一部屋しかない公民館だったら難しいでしょうけど、仕切ることが可能な体育館などの大きな施設では、工夫すればいくらでも動物と人が一緒に過ごせます。
工夫してみよう、と言い出してくれる人が一人でもそこにいれば、その場の空気は変わるはずですから、命展をみてくれた方たちがその一人になってくれたらいいな…といつも思っています。
2018年3月11日日曜日
嵐が過ぎて
昨日の朝。家の裏を流れる用水路に久しぶりの青空が映り、住み着いているカルガモがすいすい泳いでいました。近くの竹林では、晴天を喜ぶようにコジュケイがはげしくチョットコイ!!と鳴いていました。
私の住む地域は何事もなく、穏やかな週末を迎えられましたが、低気圧は、あちこちに災害を引き起こしながら去りました。毎年3月は、荒々しい嵐が一度は過ぎ行くように感じます。
冬枯れた田んぼにも雨水がたっぷりと満ち、まるで田植え時でした。田んぼの土の中に休んでいる生物たちはこんな時大丈夫なのでしょうか。私は何事もなかったけど、土の中や野原では大災害があったかもしれません。
気圧の急な変化は、生き物の臓器にも影響するそうで、弱い部分が痛みます。敏感な人は、神経痛などの体調不良があるようです。
私は自分の体調不良に鈍感で、良くない使い方をする事があるので、最近反省しています。私の体は私のものですが、数え切れないほどの細胞が集合して私を支えていてくれるのです。自分を形作る様々なパーツの、小さな声を聞きとれないのでは、自分の守りたい他者の声も聞き取れなくなります。
天災が起きるのを察知して、いつもと違う行動をとる動物たちのようにはなれませんが、せめて自分の体が感じる異変に、気づけるようになりたいなと思います。
2018年3月1日木曜日
るすばんねこ 37
暴風の中帰宅する予定のうささんは、 雨女から 嵐を呼ぶ女になったようです。今朝は竜巻でもやってきたかと思うほどの突風が吹き、恐ろしかったです。
ニャアコちゃん、この2ヶ月ほど、とても食欲が あります。最初は、一時的なのかなと思いましたが、 毎日コンスタントに、たっぷり フードを食べてくれるのでした。体重から割り出した量の標準量を食べられるように なりました!
食が細くて、あの手この手で食べてもらっていたので、この食欲はとても嬉しいことです。
それにしても不思議!あんなに食べなかったのに、なぜ!
もしかして…命展・チームうーにゃんの活動で飛び回るうささんに、ついてきたダレカのタマシイが、 食の細いニャアコちゃんを 応援してくれてるんじゃないの? と話しています。
とりつかれたニャアコちゃん…と言うと怖いかもしれませんが、動物たちは何も悪いことなどしてないのだから、とりつかれて怖いたたりなどありえない!と 私は信じています。(人間は悪さばっかりしてるのでたたりもあるかも…。)
そんなわけで、食いしん坊なダレカさんに時々憑依されている可能性のあるニャアコちゃん!
パチッと写真を撮ったその瞬間、 ペロリ と舌を出すグッドタイミングでした。
2018年2月25日日曜日
ヒミツの実
先日、出かけた先の自然公園で実をつけていたアオキ。薄暗い林間で、鮮やかな赤い実はつややかに輝いていました。
実は、このアオキの実に、忘れられない思い出があります。果たして現実なのか、夢なのか、曖昧な記憶です。
数十年前、私が通っていた幼稚園の近くに、森に囲まれた神社がありました。私は、神社の裏手で見つけた美しい赤い実を集めてポケットにおしこんでいました。家に持ち帰った私の収集物を見た母が、それがアオキという植物の実だと教えてくれた記憶があります。人の名前みたいでへんなの!と思ったので憶えています。
ある時、いつものようにその実がある木の近くへ行くと、地面に変な形の赤い実が落ちていました。なんと、小さな人の形で半分赤く、半分は青紫色なのです。これはすごいものを拾った!と思った私は、一番仲良しのまみちゃん(というお名前だったと思うのですが)にこっそり見せました。
アオキの赤い実と同じくらいの大きさの、不思議な人型の実。二人で話し合った結果、これは宇宙人のナニカに違いないよ!ということになり、神社の縁の下へ隠すことにしたのです。ヒミツにしておこうね!という約束をして…。
そこまでしかない変な思い出です。夢を思い出と思い込んでいるのか、本当に不思議な実を拾ったのかわかりません。ただ単に、変形したアオキの実が傷みかけていたのかもしれませんが、今となっては、自由に空想することにします。
宇宙人のナニカの実は、宇宙人のサナギであり、神社の縁の下で無事に目覚めたかもしれません。または、土に還って、仲間の実を増やしていたりして。あの実をさわった私とまみちゃんには、あの日、宇宙人とコンタクトをとる手段が備わったかもしれないのです!
アオキの実を見るたびよみがえる、不思議な思い出です。
2018年2月10日土曜日
るすばんねこ 36
今週初めから、再びるすばんねこになりました。昨年末以来の、久しぶりのおるすばん。おひな祭りには帰ってくるとのことです。
ニャアコちゃん、水よりぬるま湯の方がよく飲んでくれます。寒い冬はお湯にかぎるにゃと言っていました。
最近、最低限のニュースや気象情報以外は、ほとんど情報番組を見聞きしないので、バレンタインデー間近ということもすっかり忘れていました。
小学6年の女子の多くが「私、友チョコしかあげないよ。」と言っていました。本当に好きな男子にあげないものなのか、大人の前でだけそう言っているのかどうかはナゾですが。
私が小学生の頃は、キャアキャア言いながら男の子をまちぶせしていた記憶があります。
気弱な友人に頼まれ、代理で家を訪ねてチョコを届けた思い出もあります。どんな感じだった!?と友人に聞かれ、あまりいい手ごたえじゃなかったのを言えずに飲み込んだ苦い思い出も…。
寒い季節の早い夕暮れの時間、チョコを手に、ドキドキしながら友達と巡った町の記憶はなかなか消えずに残っています。
ニャアコちゃん、野良時代にはかなりイケメンな猫くんと連れ立って歩いていました。仲良く野原を行く証拠写真もあります。しかし、ちがうオス猫くんと一緒にいたときもありました。もしかしてニャアコちゃん、積極的にアプローチする女子だったのでしょうか。いえいえ、自分から告白するなんてはしたないにゃ、という乙女で、それがモテる秘訣だったような気もします!
2018年1月20日土曜日
災害で消えた小さな命展・・・36
世田谷区のギャラリーパウパッドさんで、今日まで開催されていた命展4。最終日の今日訪れました。
ギャラリーから30分ほど歩いたところに住んでいらした参加作家さんがいます。イラストレーターの長谷川京平さん。去年、命展4に絵を提供してくださったあと逝去されました。
京平さんは、私にとって恩人と言う存在です。今から十数年も昔、ある童話賞の審査員だった京平さんが選出してくださったおかげで、私は入賞しました。初めて私の物語にあたたかい絵をつけてくれた方でした。あの時入賞していなかったら、今も文や絵をつくっているかわかりません。
授賞式で初めてお会いして以来この十数年、年賀状やお手紙を出したりいただいたりしていました。命展2から参加されてからは、何度かお会いできて嬉しく、今回も楽しみにしていました。
とても残念で、悲しいです。
「作品を生んでいますか」お便りにはいつもそう書いてありました。
病床にあっても命展の絵を描いてくださった京平さんに、私はこの先も、生み出した作品を見守っていただきたいです。
このようなことを想いながら訪れた会場が、オーナーさんのお人柄と同じようにあたたかな空間で、ほっとしました。絵になった動物たちも、ゆっくりとくつろいでいる気がしました。
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