(弱くて強いマツ)
この一ヶ月ほどを何かとゆとりなく過ごしてしまい、
秋を見ぬまま冬を迎えようとしていました。
一度は秋に触れたいと思い、先日群馬県の山へ出かけました。
紅葉シーズンはほとんど終わりかけ、スキーシーズン前の静かなひととき。
こんな時期だと、土日でもそれほど登山道や温泉宿も
混雑していないので、ねらいめでした。
草津白根山から万座温泉までの6キロ少々の道のりは、
刈払いもされていて、よく整備されています。
麓に近い木道には自然観察のために
様々な説明板が設置されていました。
硫化水素ガスがあちこちで発生している火山帯砂礫地の斜面で
『弱くて強い植物』というタイトルの案内板を見つけました。
周辺に生えていたマツ科のオオシラビソについての説明です。
「このマツは環境の良い場所では他の植物に負けてしまう『弱い
植物』ですが、ここの硫化水素地帯のように植物が生育しずらい
厳しい環境には生きることが出来る『強い植物』なのです。」
生物は常に生存競争をして生き残っていくといわれますが、
競争するよりゆったりひっそり争わずに生きる方がいいよと
思っている生き物もいるのでは?
負けたから、仕方なく条件の悪い場所へ逃げた…それだけじゃない
気がします。
『弱くて強い』という案内板のタイトル、何気ない言葉ですが、
いいなあと思いました。
2013年11月16日土曜日
弱くて強いもの
2013年10月12日土曜日
ヒトひとりの力
(サースフェー・氷河)
スイスのサースフェーで、かなしい事故があったことを聞きました。
先月行方不明となっていた日本人男性が、氷河で亡くなっていたとのことでした。
私も8月のスイス旅行で、フェー氷河を間近に見ています。
ロープウェーのシュピールボーデン駅から氷河に沿って登山道をたどると、
氷河にもっと近づいて、触れてみたくなりました。
そして途中、ここを降りたら氷河に接触できるのでは?という小道を見つけたのです。
降りようとすると、同行していた友人に止められました。
「あの地面に見える場所の下に、亀裂が無いってわかるの?」
そう言われてみれば、私の力ではそんなことわかるはずもありません。
小道に見えたのは水が流れた跡なのかもしれない…それに、しんとした世界の中で
時折ピシッザザン…という何かが崩れる音が響いていました。
私は、つい、自分の力がどれだけ小さいかを棚に上げてしまい、
「あそこまで行って見たい!」と思う気持ちで進んでしまうことがあります。
ヒトが、何の道具も持たず体一つである時、その運動能力は本当に小さくて無力に等しいと頭ではわかっているのですが、目の前にすごい景色があると忘れてしまうのでした。
過去に何度も、海でシュノーケリング中沖に行き過ぎたり、山で疲れきって青ざめた経験をしているのに…反省があまりに足りないのです。
自分は友人に止めてもらったからこうして無事にいるけど、事故はいつでも起きる可能性があるのを思い知りました。本当に、この先気をつけようと心に決めました。
美しい自然の中にかなしみが刻まれないよう、祈ります。
2013年10月3日木曜日
震災で消えた小さな命展・・・24
(お迎えでだっこされたYちゃん)
岩手県宮古市で、直接絵を渡せたのが嬉しかったので、もうお一人の方にもお会いしたいなと思い、宮城県石巻市のお渡し会場へおじゃまして来ました。
お渡し時間の一番乗りで来てくださったAさんご夫妻は、マルチーズのYちゃんのかわいい写真をカバンから出して見せてくれました。
ご夫妻に抱っこされたYちゃんが、今までと違った表情で嬉しそうに見えました。私も、本当に嬉しかったです。
小さな命展パート1の時私は、様々な事情で絵のお渡しに参加できなかったので、パート2の二箇所で参加出来て本当に良かったと思いました。
自分が描かせていただいた小さな命だけでなく、たくさんの命たちが飼い主さんに迎えられて帰っていく姿に立ち合わせていただきました。
動物たちの表情が、そわそわしていたり、得意そうだったりと変化することも実感しました。
『絵』という物なのですが、物ではなくて本当に魂がこもっているから、そんなふうに感じられるのですね。
石巻にもうかがえて、本当に良かったです。夜行バスの旅で、石巻市のどこも歩く時間もなかったのですが、大きな思い出になりました。
2013年9月26日木曜日
震災で消えた小さな命展・・・23
岩手県宮古市をたずねました。
命展2の最後の会場で、自分が描かせていただいた絵をお渡しすることが出来ました。宮古で被災されながらも、命展を支えてくださっている方たちともお会い出来て、嬉しかったです。
写真の景勝地は宮古市田老町にある「三王岩」です。
私はここを訪れるのは今回で3度目でした。
初めてきたのは、まだ若い頃、電車やバスで東北を巡った時。
2度目は、震災の1年半前で、父母を連れて行った車で北東北旅行。
岩を望む展望園地も破損することなく以前と同じようにありました。
岩があの日に見ていた恐ろしい風景を思うと胸が痛みます。
命展2はこの会場で終わりですが、自分に出来る支援が何かありましたら、
また参加させていただきたいと思っています。
2013年9月17日火曜日
震災で消えた小さな命展・・・22
(スイス・ミューレンで出会ったかわいい家に住むウサギさん)
2度目の東京展が今日の夕方までで終了し、搬出を終えたと聞きました。
作業をしてくださった方たち、そしてパート1に続いてあたたかく会場を提供してくださった
一口坂ギャラリーの藤代さんに感謝したいと思います。
本当に、有難うございました。
台風が暴れた連休でした。水害で泥水に埋まった町。竜巻で屋根が消えた住宅。
「まさか自分のところがこんなことになるなんて…」
と嘆く方がテレビに映っていました。
つくづくそう思います。自分がそういう目に遭うと思って毎日生きている人は少ないと思います。
台風のように、ある程度構えて備えられる災害でも予想外な大惨事になりますから、
予測できない地震など、まさに想定外です。
「震災で消えた小さな命展」にいらして、
「自分のうちにも動物がいます…絶対守れるように考えなくては…。」
と話してくれた方は、少なくとも会場に来る前よりも、いざという時への心構えが手厚くなったかと思います。すぐ出せる所に家族(もちろん動物の家族も)の必需品をまとめ、少しでも持ちやすいように…ちょっとした工夫が速やかな避難に結びつくかもしれません。
日ごろ、大切なものをどう守るかをシュミレーションしておかなくちゃいけないと思い知りました。
小さな命の絵は、いよいよ最終会場の岩手県宮古市へ向かって行きました。
宮古から先は、それぞれの家に帰って行くのですね。
2013年9月7日土曜日
虹の中
8月の少ない雨量を取り戻すように、私の住む地域では9月に入ってから豪雨が続きました。
8月は、いつものんきな私にしては珍しく用事が重なり、あっという間に過ぎ去ってしまいました。作品を創っていた前半、あまりの猛暑に夏は終わらないのではないかと思っていました。
旧盆から後半にかけてはスイスへ行き、日本の暑さをすっかり忘れかけていました。
ようやく涼しくなった夕暮れ、鈴虫の声に9月を実感しています。
先日、激しい雷雨の後に見事な虹を見ました。太くはっきりとした虹でした。
虹の向こう側の景色が美しく染まり、あの中に立てばすべて虹色に見えるのでは!とドキドキするような鮮やかさでした。カメラを持っていたら撮影できただろうなと思います
写真は、スイスのシルトホルンという山にロープウェーで登った朝出会った、ブロッケン現象です。虹の輪の中に、私自身の影が長い手足で現われました。
以前、日本の山の上でもみえたことがあったのですが、今回は長時間はっきりとみられたので、私の古いカメラでも写真におさめることが出来ました。
この現象を科学的に説明出来なかった大昔、遭難しそうな時だったら恐怖して立ちすくんだろうと思います。
でも、どんな原理だとわかっていても、とても不思議な荘厳な気持ちになりました。嬉しくて大興奮の気持ちもありました。虹の中に(影だけど)自分がいるなんてとても良いことが訪れそうで、幸せな気持ちになりました。
2013年8月7日水曜日
マユの主
ひょうたんの葉のかげにくるりとマユをつくって羽化を待つだれかを見つけました。
多分、この種類の植物によってくる蛾で、『害虫』と呼ばれるだれかなのでしょうが黙認していました。なぜなら、このイモムシはなんともお行儀よく1枚ずつ葉をたいらげ、芯を食って枯らすようなことをしなかったからです。
サナギでいる状態というのは、本当に神秘的だなと思います。そんな時、魂は一体どうしているのでしょうね。
美しい絹織物を作る生糸をつむぐには、サナギになった蚕を釜茹でにして命を奪わなくてはならないのだ、と子どもの頃に聞いた時のショックは忘れられません。
それを聞いたのは確か小学2年か3年頃。ちょうど、アゲハ蝶の幼虫を自宅で育てるのが楽しくて、夜明けに羽化する瞬間まで見届けていた時期でした。
(現在の私は、ちょっとあの不気味な青虫と触れ合うのは出来れば避けたい気分です…。)
大人になって、あるテレビ番組でブータンの養蚕農家を取材した一場面を見ました。
その農家では、蚕の命を奪わず、マユをやぶって羽化する蚕蛾が去ってから糸をつむぐそうです。破られたマユはあちこち分断された糸しかつむげませんから、滑らかな美しい絹織物にはならないそうですが、『ブラ』とよばれるそれらの絹布は味のある凹凸で素敵でした。
インターネットで蚕・絹などの言語で検索してみると、
『自分で育てた蚕の幼虫がさなぎになり、蚕を殺すのはかわいそうだと子どもが言いますが、何かいい方法はないでしょうか』
という内容の質問がのっていました。
蚕の命をたくさん犠牲にした上で絹糸が出来るという現実を、子どもに伝えなくてはなりませんが、同時に「滑らかな布じゃなくても、蚕が死なないのならこっちでいいか!」という人がいることも教えてあげたなら、幼い頃の私のような衝撃は少し和らぐかもしれません。