2012年2月25日土曜日

なまこという名前-②



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「憂きことを 海月にかたる 海鼠かな」
 

江戸時代の俳人『黒柳召波』の句で、初めて読んだ二十年前から忘れられない好きな句です。ペンネームを考えたときに、この句も頭によみがえりました。
 なんとも言えない不思議な世界がおかしいのですが、句の意味を無理やりに想像して解説した書の中に、
『ナマコは人間に食べられてしまうから、食べられたり命を狙われることの少ないクラゲに愚痴を言っているのかも』
と載っていたのも忘れられません。


けれど、クラゲもそう安穏としていられません。
特に近年、日本沿海で問題にされている大クラゲは、
漁師さんたちに嫌われ、憂き目に遭っています。
昨年の秋、九十九里の砂浜に、大クラゲの切れ端が
たくさん流れ着いていました。大クラゲが網を破ったり,網にかかった魚に毒を及ぼしたりしてしまうため、対抗措置として粉々に切り刻むのだと聞いたことがあります。


あちこちを鋭利な刃物でスパッと切られ、波打ち際に
一列になって散らばる体を見たとき、私は体の中心をつねられた気分でした。


ナマコはといえば、食べられる種は一部のみなので、大多数は憂き目に
遭わないかと思いきや、そうでもありません。
三年ほど前訪れた沖縄の渡嘉敷島で、シュノーケリングをしていた時です。
タマナマコという大きなナマコを海底からつかみとり、放り投げて遊ぶ若者を見つけました。
「ナマコがかわいそうだよ」
と注意したらすぐに止めましたが、彼らは不思議な表情で私を見ていました。彼らにとって、ナマコという生き物は、石ころやビーチボールに等しかったようです。


だから現代では、

「憂きことを 海月と海鼠で 語り合い」
といったところでしょうか。


クラゲもナマコも生きていくのが大変です。




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