(南房総市 小松寺のハート模様鯉)
冬至が過ぎ、クリスマスが過ぎ、いよいよ2012年が終わろうとしています。
年を送り迎えするときには様々な決まりごとがあって、面白いなと思います。
以前は、正直に言うと「面白いな」より「めんどうくさい…」と思っていました。
古いしきたりなど、つまらない迷信にしばられた人々の遺産であり、
形ばかりにすぎない慣習でしょ、と否定したい時期がありました。
山の神様、水の神様、田の神様、そして年神様…。
厳格な神様がそこら中にうようよいらしたら、
いつも見張られていて気が休まらず、窮屈だと思いました。
でも、ある時からそうは思わなくなりました。
神様たちは、いつも私達を見張って手厳しく眺めて
いるわけじゃないようです。
この世を去って長い長い時間を経たご先祖様たちの魂は、
祖霊神となり、山や海、田などあらゆる場所で私達を見守る神に
なってくれるらしいのです。
ご先祖の人間だけでなく、家族として別れた動物たちや心の支えになった
植物たちも、その大らかな神様に含まれている、と私は信じています。
お正月は、自分がこうしてここに生きていられる有難さや幸せを実感し、
見守ってくれる存在に感謝する時間に思えます。だから、形ばかりに思えた習慣は、
自分なりにかみくだけばいいのでした。
正月のお飾りをギリギリに飾る『一夜飾り』はよくないからと、まだ掃除もすませていない
ホコリだらけの玄関へあわてて飾るより、大晦日までそうじが延びてしまっても、
しっかりきれいにしてから神様を招く目印をかかげる方がいいかもしれません。
そう言う私は、元旦早々から旅行に出るために、大晦日までかかってばたばたと
荷物の準備や正月の準備をしている『ギリギリ人間』です。
祖霊の年神さまも、「あいかわらず、ゆとりがない人生を送っているな…」
と眉をひそめるかもしれませんが、にやっと笑って応援してくれる気もします。
(神事にも宗教にも疎い私の身勝手な想像です。)
2013年が、おだやかな年となりますように。