ラベル 2.震災で消えた小さな命展 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2021年3月10日水曜日

災害で消えた小さな命展・・・42

 

 大阪·積水ハウス住ムフムラボ会場 (NHK 大阪ニュースより)

 今週日曜日まで大阪で開催されている『命展複製画展』。

 明日で10年という歳月が経った今も、災害時における 動物たちの立場は、あまり変わっていないのが現状です…。少しでも多くの方にそのことを知って頂き、人間と同じように家族である動物達の命も、守っていけるよう祈っています 。

 今日10日、命展代表·うささんの著書『ぼくは海になった』の朗読を、2回も聞く機会がありました。

  1回目は、京都でコミュニティラジオの番組を持っていらっしゃる、ナレーターで俳優の齊藤正樹さんの朗読。

 2回目は、 著者うささん自らが参加したライブイベントのなかでの朗読。 どちらも心に響きました。あのお話を聞いてこみ上がる感情は、初めて読んだ時から変わりません。悲しみの中、実話を聞かせてくれたたえこさんも、ずっと変わらぬ思いを抱えていらっしゃるんだろうと思います 。

 10年とか節目とか、そのような数字は関係なく、いつも忘れず心に置いておきたいお話。2回も聞かせていただいた今日、私の胸の奥は、静かで激しい波が打ち寄せています。

2020年2月23日日曜日

災害で消えた小さな命展・・・41

 
 昨日、災害で消えた小さな命展の書籍が発売されました。
さまざまなエピソード、代表うささんの思い、そして災害時の備えまで綴られていて、大切なことがあふれている本です。是非、多くの方に読まれることを祈っています!

 命展の第1回に参加した頃の私は、うさぎ以外の動物と暮らしたことがありませんでしたが、第4回の時には、身近に犬も猫もいました。その間、私自身の犬猫観は変わっていったかもしれませんが、自分とその小さな家族にふりかかった悲しみを想像しながら描く気持ちは、第1回から4回まで変わることはありませんでした。

 今現在、新型コロナウィルスという脅威にさらされているこの状況は、災害の一つだと思いました。ウィルスが自分にふりかかってきたら、日常生活を断ち切られ、否応なしに隔離されてしまうのです。そして命も奪われてしまうこともあるのです。自分にしか守れない存在が家に残されてしまったら、どうしたらいいでしょう。
 私自身、今ウィルスに感染したら非常に困ります。路頭に迷ってしまう老人、老犬、猫たち!
災害時の備えと同じように、いざというときの対処法を考える三連休です。

2019年7月7日日曜日

災害で消えた小さな命展・・・40

 
一昨日の夕暮れ。昼の間降り続いた雨が上がった直後のあまりにも鮮やかな西の空。
天変地異でも起きたらどうしようという、胸がざわざわするような色合いで、西の空は帯状に燃えていたのでした。
 今日、一日だけですが四国・高知県にて災害で消えた小さな命展が開催されました。
四国地方ではじめての開催です。一日という短い間に、命展複製画展・うささん講演・朗読劇の三つも行われ、濃厚な一日だったようです。
日本国内で、私が一度も足を踏み入れたことのない唯一の地域の四国!
自分が描いた子達の複製画が展示され、自分が創った物語が朗読され、行ったことのない場所で小さな命の大切さを訴えてくれているのを想うと、不思議な気持ちです。
 以前、命展に絵を依頼した飼い主の方が言っていた言葉を思い出しました。
絵になった動物を受け取るまで、一年近くあちこち巡回してくるのを待ちながら、自分の知らない土地を旅してくるんだね、今どこにいるのかなと思って楽しみにしています、という言葉でした。
 雨の多いこの季節、様々な災害が起きつつあります。避難するときには、どうか小さな家族も一緒に離さず、避難してほしいです。どうか受け入れてほしいです。
 今夜は雨の七夕さま。いつものように短冊に絵を描き、願いをこめ、窓辺につるしておきました。雨雲の上の空に輝く星が、ちゃんとみてくれていると信じてます!


2019年4月29日月曜日

災害で消えた小さな命展・・・39

 
世田谷区祖師谷大蔵の肉球画廊(ギャラリーパウパッド)さんで、開催されている命展(複製画)、今日が最終日です。私は一昨日、ギャラリー内で開かれた朗読劇の時間におじゃまして来ました。
 私の創ったお話も読んでくれると聞いて、ドキドキでした。 自分のお話を他の人が読んでくれるのを聞くのは、生まれて初めての体験です!うささん率いる劇団の方たち、とても素敵に読んでくださり、嬉しかったです。ありがとうございました。
 観に来た友人にハッピーエンドで いいねと言われて考えてみたら、私は悲しい結末の物語を書いたことがないかも知れません。悲しい結末ですぐ思い出すのは、アンデルセンの『すずの兵隊』と、新美南吉の『ごん狐』…。 やりきれない気持ち№1.2を争う二つの物語…。
 確かに、現実世界は、ハッピーエンドの方が少ないかもしれません。むしろ悲しいことが多いのでしょう。こんなに悲しい事が多いのだから、読む物語まで悲しくなくたっていいじゃないの、と私は思うのでした。逃避と言われても、現実はそんな甘くないよとけなされても、かまいません。 しばし、幸せな物語の中へ逃げ込むのは、悪いことじゃないと思います。
 一昨年の秋、ドライブインに置き去られていた小さな苗を拾ってきて植えた、ミヤコワスレ。去年の春は、細々と2本の茎がお花をつけていましたが、今年は株が増え、家族が増えました。ささやかなハッピーエンドはあちこちに見つけられます。

2019年3月10日日曜日

災害で消えた小さな命展・・・38

 
NHK BS 1 のドキュメンタリーで 8年前の東日本大震災 から続いている命展の活動が 取り上げられ、 昨夜放送され ました。 私は今日、NHK オンデマンドという見逃し番組をみるシステムで、るすばん中のニャアコちゃんと一緒に見ようと思います。リアルタイムでみたうささんによると、取材されたはずの老犬ポテトさんとニャアコさんシーンは放送されなかったそうで…それは残念でした❗
 8年前。ノラ猫出身のニャアコちゃんも目が離せないポテトさんもここにいませんでした。 私の年老いた両親も 8年前は今よりだいぶ元気でした。自分たちの生活を考えれば8年前と現在はだいぶ違います。
 けれど、災害で消えた小さな命展がずっと訴え続けている動物たちの立場はあまり変わりません。あれからいくつも大きな災害があったのに、相変わらず動物連れの人は弱い立場です。
 避難所に動物を同行することができる法律ができたけれど、それを知らない人たちが多いですし、拒否する人も多いのが現実。
 衛生面・騒音・物理的なスペース。問題が多いことはどこもそうでしょう。でも、工夫しようと思わなければ、どんなに広い場所があっても、様々な立場の人が共存できません。強い者、早い者の勝ちになってしまいます。
 絵になった 動物たちは、せっかく避難した先でも悲しい思いをする命がないように、これからも訴えていくのでしょう。
いつか、訴える必要などなくなることを願います。

2018年1月20日土曜日

災害で消えた小さな命展・・・36

 
世田谷区のギャラリーパウパッドさんで、今日まで開催されていた命展4。最終日の今日訪れました。
 ギャラリーから30分ほど歩いたところに住んでいらした参加作家さんがいます。イラストレーターの長谷川京平さん。去年、命展4に絵を提供してくださったあと逝去されました。
 京平さんは、私にとって恩人と言う存在です。今から十数年も昔、ある童話賞の審査員だった京平さんが選出してくださったおかげで、私は入賞しました。初めて私の物語にあたたかい絵をつけてくれた方でした。あの時入賞していなかったら、今も文や絵をつくっているかわかりません。
 授賞式で初めてお会いして以来この十数年、年賀状やお手紙を出したりいただいたりしていました。命展2から参加されてからは、何度かお会いできて嬉しく、今回も楽しみにしていました。
 とても残念で、悲しいです。
「作品を生んでいますか」お便りにはいつもそう書いてありました。
 病床にあっても命展の絵を描いてくださった京平さんに、私はこの先も、生み出した作品を見守っていただきたいです。
 このようなことを想いながら訪れた会場が、オーナーさんのお人柄と同じようにあたたかな空間で、ほっとしました。絵になった動物たちも、ゆっくりとくつろいでいる気がしました。

2018年1月8日月曜日

災害で消えた小さな命展・・・35

今日から、東京都千代田区の一口坂ギャラリーにて『命展part 4』が始まりました。
昨日は搬入のお手伝いに行って来ました。
 昨年6月に始まって以来、「るすばんねこ&わんこ」を置いて足を運べる会場がなかったため、part 4の動物たちと会えるのは東京展が初めてでした。私が描いた熊本のバロンちゃんとも、久しぶりの再会です。熊本の会場で、大好きな飼い主さんと会えたバロンちゃんの顔は、私が半年前に送り出した時と変わっていました。会期中に絵の動物たちの顔が変わったなあと思うのは、毎回感じることです。
 展示中、おもしろいことを聞きました。絵になった動物たちが、会場によっては並び順が少しずつちがっている理由について。お隣に並ぶと、合わない組み合わせというのが、あるそうです。
 お隣に飾られていると、なんだか落ち着かなかったり、絵になった動物たちが不機嫌そうに見えたりなど…。
 こういうことが起こる理由も、ただの絵ではなく、命が宿っている証だと思います。
 是非、たくさんの方たちに観ていただきたいです。
 

2017年6月25日日曜日

災害で消えた小さな命展・・・34

(九十九里沿岸防砂林・蓮沼海岸)
 先日、海岸を散歩してきました。自宅から車で20分ほどのこの海岸、東日本大震災の津波で防砂林が荒れ果ててしまって以来、訪れるのは久しぶりです。
 行政だけでなく、企業、ボランティアの方たちが、九十九里沿岸の植林作業をしてくださっているそうです。若松が、すくすく枝を広げサボテンのように立っているのを見ると、少しほっとします。

 今月末30日から、命展パート4が岩手県盛岡市で始まります。http://www.chiisanainochi.com/pub025/schedule.html
 今回は「震災で消えた」から「災害で消えた」に名前が変わりました。命をおびやかす災害を幅広く含めているのはパート3と変わりませんが、今回は、去年の4月発生した熊本地震で犠牲になった命たちも、描かれています。
 引き続き参加させていただいた私が描いたのは、熊本地震がきっかけで亡くなってしまった小さなワンちゃんでした。
 申し込まれた方のお手紙には、たくさん添付されたお写真とともに、失った悲しみと在りし日々の愛情があふれています。
 私には、災害で失った家族がいないので、その途方もない悲しみをすべてわかろうとするのは、無理かもしれません。
 でも、たくさん食べて元気に走り回っていた家族が、急に食べられなくなり、立ちあがれなくなってしまった悲しみはよくわかります。胸にせまる悲しみを思い起こしながら、絵を描きました。
 救えたはずなのに救われなかった命たち、最低限保障されるはずの囲いからはみだしてしまう動物連れの被災者。そんな悲しいことが一つでも減ることを願い、今回の命展も、せいいっぱい力になりたいです。

2016年3月11日金曜日

震災で消えた小さな命展・・・33

命展3で私が描かせてもらったミドリフグのゴロマサちゃん。
一昨日飼い主さんがお迎えにきて、大切に抱えられて帰られたと聞きました。 そのときのお迎え写真をみせていただき、絵になったゴロマサちゃんが何とも得意そうな顔になっているように見えました。私も嬉しいです。  
 
 最後の会場宮古市へ、今週初め訪れました。去年の春大槌町へ行ってから約一年。 いつも命展をささえてくださる宮古と釜石の方たちとお会いしたい、そして、絵になった動物たちと宮古でもう一度会いたいなという気持ちでした。  
 今回は、それプラス素敵なことがありました。落語家の立川平林さんがチャリティーで落語公演にきてくださったのです。テーブルを2段重ねただけの即席高座で、平林さんは力演してくださいました。 『動物愛護の落語』はじめて聴きましたが、本当に心を打つ内容でした。是非多くの方に聴いてほしいです。 『小さな命』を大切にしてほしいという活動を、さまざまな方たちがさまざまな手段で続けているのを改めて感じ、心強く思います。  

 震災の日から5年の今日、無神経なマスコミインタビューを耳に入れたくなかったので一度もテレビやラジオをつけずにすごしました。 暖地には珍しく、雪になりそうな寒さの午後。避難所に入れずに外で一晩過ごした動物連れの方たちの辛さを想像することなど出来ませんが、つくづく考えました。命展3は今週で終わりを迎えますが、そのようなことがなくなる時まで、これからも続くことと思います。

2015年7月20日月曜日

震災で消えた小さな命展・・・32

 
千代田区の一口坂ギャラリー展示が昨日で終わりました。
時間をさいて受付と会場係、搬入出をしてくださったボランティアの方たち、第一回からギャラリーを提供してくださっているオーナーの藤代さんに感謝です。本当にありがとうございました。
 いつも思う事ですが、透明感があるのに、とてもあたたかい空気に包まれるギャラリーでした。終わってしまったのがさみしい気がします。
 
 ギャラリーへ向かった日、総武線各駅停車の車内で、3人の外国の方が賑やかに乗っていました。陽気な青年たちはスマートフォンとガイドブックを両手に持ち、東京見物中のようです。その中の1人が手に持っていたペンを落とし、私の隣に立つ日本人女性の足下へ転がりました。
 落とした青年はすぐに拾い上げたものの、スカートをはいた若い女性の足元へ手を伸ばしたのでぎょっとされてしまいました。大きな声で「ソーリー!」と何度も連発し、手に持っていた本を素早くめくると、ぴったりの日本語を見つけたとばかりに「シツレイシマシタ!ゴメンナサイ!」と何度かあやまっていました。
 「ごめんなさいとありがとうは、ことが起きたその場で言うのが一番いいんだよ!」
と子どもらに教えていた小学校の先生の言葉を思い出しました。
混みあった電車内でぶつかっても無言ですり抜ける人、降りる駅で道をあけてもらっても見向きもせずに急ぐ人。
 あの青年みたいに何度も大きな声であやまらなくても、余裕のない人々の間に一言でも「ありがとう」と「失礼しました」があれば、満員列車のストレスはかなり減るのでしょうね。
 
 命展へ申し込みされた方の中には、あの日の朝、家族と口ケンカをして別れたまま震災で家族を失い、二度と謝ることが出来なくなった方もいます。あとで仲直りしたくても突然日常がひっくり返され、もぎ取られてしまうことがあるのです。
 震災から4年が経ち、小さな命の展覧会への関心も薄れてきているのを感じますが、私達の日常がいつ切断されてしまうかわからない可能性があることを、忘れないでほしいと思います。

2015年5月9日土曜日

震災で消えた小さな命展・・・31

連休最後の5月6日、一日だけ開催した宮城県多賀城市文化センターへ、命展とフジコ・ヘミングさんのコンサートへ行って来ました。ホール横の展示場所は細長くて天井が高く、とても落ち着く空間でした。いつもたくさんお世話になっている仙台のボランティアの方たちとお会いでき、素敵な空間で過ごせたことが嬉しかったです。

 フジコさんのピアノは以前から大好きで、ミュージックプレーヤーにいつも持ち歩いているのですが、生で聴くのは初めてでドキドキしました。最初の方の演奏曲が少し緊張されているような印象だったので、観ている私まで緊迫してしまったのですが、3曲目あたりからそのような空気は霧散しました。
 滑らかにやわらかく、ものすごく芯が強くて安心する…心の奥が熱くなる演奏でした。コンサートやライブというものにほとんど行かない私ですが、来て本当に良かった、とつくづく思いました。
 丸く穏やかな背中と、決して長くない腕と指は、観ているかぎりでは激しく動いていません。むしろゆったり静かなのですが、奏でる音は細分化し、すばやく鮮やかにホールをかけめぐるのです。
 不思議と感動につつまれたままコンサートは終わり、運よくフジコさんと握手をしていただくことができました。
 その時、フジコさんが弾いていたグランドピアノが、大きな黒い動物のように思いだされたのです。フジコさんは弾いていたのではなく、ピアノみたいな動物を、ゆったり優しくなで続けていたような気がしました。
 毛のかたまりをシャシャッとほどいたり、浮いた抜け毛をふわっと宙へとばしたり、こった背中をぐいっと押したりするように。
 フジコさんの手は、ぽんわり丸くて分厚く、とてもあたたかでした。どうか、いつまでもあのあたたかい指から、優しくて強い音が世界へ広がりますように願っています。フジコさんが『命展3』のために描いてくれた魅力ある猫ちゃんのような、幸せそうな命が増えますように、祈っています。
 

2015年4月30日木曜日

震災で消えた小さな命展・・・30

 
現在、茨城県の結城市で開催中ですが、今週の日曜日まで東京の会場・六本木俳優座で開催されていました。
一歩外は首都高速が走り、にぎやかな通りがある場所で 、絵の動物たちは飾られていました。

 車椅子のお客さんが訪れたとき、私はあっと思いました。
ロビーへ降りる段差にはスロープもないし、舞台のホールへ上がるエレベーターが
ない建物だということを、その時知ったのです。

 最近の建物はバリアフリーを考慮してつくられているのでしょうが、日本の設備は国際的な基準でみると、かなり低いようです。
東京オリンピックの会場となる建物に、車椅子観覧席数が少ないという指摘を受けたニュースも最近聞きました。
 
 国の基準や国際オリンピック委員会の指摘がなくても、ビルの持ち主や運営主の方が思い立てば、ちょっとしたバリアフリーは実現できるのではないでしょうか。
俳優座のように古い建物でも、簡易的なスロープや、階段の手すりを利用したリフトなら改築工事できるのではないかなと思いました。
(建築のことなど素人の私が言えることではないかもしれませんが…。)

 会場を訪れた車椅子の方は、「ごめんなさい、重いでしょう、すみません。」
と何ども頭を下げながら、人力で階上へ運ばれていました。
あのようにすまなそうな思いをしないで、ゆっくり舞台や展示を観に来られるようになってほしいです。

2015年3月30日月曜日

震災で消えた小さな命展・・・29

三鉄駅前でうさぎさん発見
 昨日まで岩手県の大槌町で3日間開かれていました。
私は搬入の日と初日だけお手伝いしましたが、『命展宮古周辺チーム』の方々のおかげで、展示作業はあっというまでした。
久しぶりにみなさんとお会いできて、嬉しかったです。
 
命展3で絵になった子達と会うのは、初めてです。
静かなホールで、ゆっくりと絵とエピソードをみせていただきました。
 震災から4年を経た現在ですが、申し込まれた方からのお手紙にあふれる感情と震災の描写は鮮烈に心へつきささります。
やりきれない思いや、ずっと抱えてらっしゃる後悔が押し寄せてきます。
 津波から逃げ延びたけど、避難生活中に独り家出してしまった娘さんを探すお母様のお手紙もあります。それを読むと、今も連続して途切れることのない悲しさとつらさをつきつけられます。

 明るい笑顔でお話してくださる宮古チームの方たちも、心の中にあの時のつらさをいくつも抱えておられます。
 急ピッチでかさ上げや建築工事が進む釜石の街も、早朝散歩した裏道には大きな亀裂や、曲がった鉄柱がありました。
たくさん傷を抱えながら一生懸命前進している姿を感じます。

 搬入の日、会場の大槌マスト2階広場で、何か展示をしているようなので行ってみると、津波で流され迷子になっている写真を、持ち主さんへお返しするための写真展示でした。
表面が白く削り取られて見えにくいものもありますが、丁寧に泥をぬぐって乾かしたプリント写真たちには、楽しそうなスナップ風景が多く写っていました。
「あ、ここでもやっているね。見ておこう。」
知っているお顔がいないか、立ち寄って自然に見ている方の言葉にどきっとしました。ここにいる方たちのほとんどが、日常を突如はぎとられた経験をされているんだな、と改めて思いました。
 
 絵の子たちとの初対面、宮古チームの方たちとの再会、傷をつつんで前進している土地で、いろいろ心の奥底をうごかされた2日間でした。

2015年3月6日金曜日

震災で消えた小さな命展・・・28


今日から震災で消えた小さな命展・3が始まりました。
第1回からお世話になっている宮城県石巻市のナリサワギャラリーさんが
スタート会場です。
絵になった子たちが、申し込まれた方たちと会いながら全国を巡回する旅が始まりました。
 私が今回描かせていただいた子は、ミドリフグさんでした。東南アジアなどの熱帯汽水域に暮らすそうです。自然界では会えないので、水族館で泳いでる姿を見せていただきました。
  ミドリフグさんに会ったことはありませんが、熱帯の海でシュノーケリング中、フグ仲間と出会いました。サンゴが途切れた白い砂地の浅瀬で、さまざまな種類のフグさんたち(ミゾレフグ・コクテンフグ・ハコフグなど)がひれを小刻みにふるって泳いでいました。勝手に「フグ広場」と名づけ、そのかわいい姿をみせてもらっていました。

 ミドリフグさんについて調べていたら、ショッキングな出来事につきあたりました。
彼らは小さなガラス瓶につめられ、ゲームセンターでクレーンゲームの景品になっていることもあるようです。当然衰弱し、命を脅かされた状態で店頭に置かれます。
運よくキャッチされ、さらに運よく、それがちゃんと飼おうという方であれば、奇跡的に助かるかもしれません。けれどほとんどが店頭で命を落とし、何の準備も飼い方も知らない人の手に渡る可能性があるでしょう。
 
人間は、日々さまざまな命をいただいて生きているのですから、このような無駄な犠牲を増やさないでほしいです。

 命を命と思えないような人にこそ「小さな命展」を見に来てもらいたい、と思いました。小さな命がどれだけご家族に大切にされていたのか、愛情に包まれていたのかを感じたら、きっとあんな扱いはできないはずです。

2014年10月5日日曜日

震災で消えた小さな命展・・・27



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(浄瑠璃寺参道の土産店から来た鹿さん文鎮)
奈良市の「ギャラリー美々風」で10月7日から13日まで複製写真展が開かれます。
関西方面では京都や神戸、大阪などで幾度か開かれていますが、奈良は初めてです。
週末の連休も含みますので、たくさんの方が訪れてくださることを期待します。
 最近訪れていないのですが、奈良は好きな場所のひとつです。
まずは、大好きな鹿さんたちと必ず会えるのが幸せです。ならまちや東大寺周辺も好きですが、若草山の奥や、京都府との境の当尾の石仏・その先の浄瑠璃寺の九品仏と、赴きある境内。
とりつかれたように何度か足を運びました。


 今日は10月5日。東大寺勧進所・阿弥陀堂で「五刧思惟阿弥陀如来坐像」が一年に一度公開されます。毎年この日だけ見られるとあって、たくさん人が訪れます。私も以前うかがって拝観させていただきました。東大寺のホームページにはこんなふうに書いてありました。
『五刧思惟阿弥陀如来は、阿弥陀如来の異形のひとつで、経説によると四十八の大願を成就するために永い間、剃髪をすることもなく坐禅・思惟していたので、このような髪形になったという…。』
このような髪形とはどんなものかというと、つまり『アフロヘアー』みたいな頭の如来様なのです。うかがう前は、アフロヘアー?と好奇心にあふれていたのですが、実際その如来様にお会いしたら、とてもほっとしたような懐かしいような…。無宗教の私ですが、とにかく心が落ちついてひとめぼれしてしまいました。

 私が訪れたある年のご開帳で、一つ残念なことがありました。仏像マニアらしき年配の男性が、如来様のお顔や体に、丹念に懐中電灯を当てて観覧していたことです。ライトをあてながら、周囲の人々にも得意げに説明していました。瞳にはめ込まれているのは○○だとか、螺髪(らほつ)の数はいくつだとか…。あくまでも「貴重な仏像」としての扱いに私自身は不愉快でしたが、当の如来様はそんなことなど気にしない大きな心を持っていらっしゃるかもしれません。

 せっかく一年に一度外の光が入る阿弥陀堂が、今日はあいにくの天気でうす暗いでしょうね。
ホームページに、撮影やスケッチ、そして懐中電灯の使用を遠慮してくださいと記述がありました。
こんな注意書きを読まなくても、久しぶりに姿をみせてくれた如来様に気づかいができたらいいなと思いました。





2014年1月20日月曜日

震災で消えた小さな命展・・・26



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 埼玉県ふじみの市産業文化センターで行われた小さな命展へ行ってきました。

 絵になった動物たちは現在飼い主さんの元へ帰っていますが、
それを写真パネルにした展示で、大切な命の話を伝えている
展覧会です。

 
 複製写真の命展を見るのは、今回初めてです。
作家一人ひとりが心をこめた絵画とはちがうものでしょうけれど、
丁寧に複製していただいた写真から、命展のメッセージが強く感じられます。
 動物たちが人間と同じように災害から避難することが、
ごくあたりまえの常識になってくれるのを願う気持ちは、
うささんの講演と、会場に並んだ写真から伝わったのではと思いました。

 
 ふじみ野市主催の「東日本大震災チャリティーコンサート」と同時開催だったので、
会場おとなりのホールからは、次々に音楽や歌が聞こえてくるのでした。
唱歌・オペラ歌曲・吹奏楽演奏など様々でしたが、みなさん心をこめた発表で、観に来る方も楽しみにしているようでした。
ホールへ歌や演奏を聴きに訪れた方たちが、偶然小さな命展開催を知って立ち寄り、
「こんな素晴らしい展覧会まで見られて、今日は幸運でした。」と言ってくださいました。


 屋外は凍るような強風でしたが、イベントの温かい雰囲気で、
会場はとても心地良い空間でした。




2013年12月21日土曜日

震災で消えた小さな命展・・・25



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〈毎年かざる小さなツリー)
 4日前の水曜日、小さな命展の活動がNHK〈インターネット)で国際放送されました。
私はリアルタイムでは見られませんでしたが、アップされた動画を見ることが出来ました。
消えた小さな命のことを海外の方たちにも知ってもらえたこと、海外の参加作家の方たちにも見てもらえることが嬉しいです。
 
 それから、岩手県宮古市の方たちから心のこもった感謝状をいただきました。命展パート2に参加した作家全員へ、一つずつ色紙を丁寧につくってくださったのです。中には絵になった子たちや会場の写真とメッセージがはってありました。本当にありがとうございます。

 
 動物と人間の付き合い方、位置関係は国によってもずいぶん異なるかもしれません。
動物と一緒にゆったり座れる車両を連結した列車が走る国、動物実験が禁じられている国…。
そうかと思えば、かなり劣悪な環境で毛皮を量産していたり、動物を虐待するレジャーを楽しんでいる場所がある情報も、インターネットを通じて入ることがあります。

 
 けれど、やはり国や場所ではなくて各個人の心もちしだいです。私たち日本人も、ある国の人々から見れば「野蛮」と思われていますが、国単位でそんなふうに思い、思われるのはそれこそ乱暴な話です。
 命展の活動でうささんが言う「一人でも多くの人が気づき、ほんの少し思いやることで一つでも多くの命が救える」言葉は、まさにその通りだと思います。
 膨大なネットの情報の中に、国際ニュースとして流れた小さな命のレポートは、見た人の心に必ず何か残してくれる気がします。ニュースラインのサイトにアップされている数日間、見てくれる人が地球のあちこちにいることを想像し、嬉しくなりました。





2013年10月3日木曜日

震災で消えた小さな命展・・・24



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(お迎えでだっこされたYちゃん)
岩手県宮古市で、直接絵を渡せたのが嬉しかったので、もうお一人の方にもお会いしたいなと思い、宮城県石巻市のお渡し会場へおじゃまして来ました。
 お渡し時間の一番乗りで来てくださったAさんご夫妻は、マルチーズのYちゃんのかわいい写真をカバンから出して見せてくれました。
ご夫妻に抱っこされたYちゃんが、今までと違った表情で嬉しそうに見えました。私も、本当に嬉しかったです。

 
 小さな命展パート1の時私は、様々な事情で絵のお渡しに参加できなかったので、パート2の二箇所で参加出来て本当に良かったと思いました。
自分が描かせていただいた小さな命だけでなく、たくさんの命たちが飼い主さんに迎えられて帰っていく姿に立ち合わせていただきました。
動物たちの表情が、そわそわしていたり、得意そうだったりと変化することも実感しました。
『絵』という物なのですが、物ではなくて本当に魂がこもっているから、そんなふうに感じられるのですね。

 
 石巻にもうかがえて、本当に良かったです。夜行バスの旅で、石巻市のどこも歩く時間もなかったのですが、大きな思い出になりました。




2013年9月26日木曜日

震災で消えた小さな命展・・・23



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 岩手県宮古市をたずねました。
命展2の最後の会場で、自分が描かせていただいた絵をお渡しすることが出来ました。宮古で被災されながらも、命展を支えてくださっている方たちともお会い出来て、嬉しかったです。


 写真の景勝地は宮古市田老町にある「三王岩」です。
私はここを訪れるのは今回で3度目でした。
初めてきたのは、まだ若い頃、電車やバスで東北を巡った時。
2度目は、震災の1年半前で、父母を連れて行った車で北東北旅行。

 岩を望む展望園地も破損することなく以前と同じようにありました。
岩があの日に見ていた恐ろしい風景を思うと胸が痛みます。

命展2はこの会場で終わりですが、自分に出来る支援が何かありましたら、
また参加させていただきたいと思っています。




2013年9月17日火曜日

震災で消えた小さな命展・・・22



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(スイス・ミューレンで出会ったかわいい家に住むウサギさん)

 2度目の東京展が今日の夕方までで終了し、搬出を終えたと聞きました。
作業をしてくださった方たち、そしてパート1に続いてあたたかく会場を提供してくださった
一口坂ギャラリーの藤代さんに感謝したいと思います。
本当に、有難うございました。

 台風が暴れた連休でした。水害で泥水に埋まった町。竜巻で屋根が消えた住宅。
「まさか自分のところがこんなことになるなんて…」
と嘆く方がテレビに映っていました。
つくづくそう思います。自分がそういう目に遭うと思って毎日生きている人は少ないと思います。
台風のように、ある程度構えて備えられる災害でも予想外な大惨事になりますから、
予測できない地震など、まさに想定外です。

 「震災で消えた小さな命展」にいらして、
「自分のうちにも動物がいます…絶対守れるように考えなくては…。」
と話してくれた方は、少なくとも会場に来る前よりも、いざという時への心構えが手厚くなったかと思います。すぐ出せる所に家族(もちろん動物の家族も)の必需品をまとめ、少しでも持ちやすいように…ちょっとした工夫が速やかな避難に結びつくかもしれません。
 日ごろ、大切なものをどう守るかをシュミレーションしておかなくちゃいけないと思い知りました。

 
 小さな命の絵は、いよいよ最終会場の岩手県宮古市へ向かって行きました。
宮古から先は、それぞれの家に帰って行くのですね。